私はその日、ちょっとした気紛れを起こした。 それが、始まり。 一面の緑、その中に一面の、色、色、色。 所々に美しい羽根を持つ、妖精のような住人達。 遠くに見える山、霞む山。浮かぶ雲、光る太陽、全てが芸術だった。 見慣れてしまうことを恐れてしまいそうな、そんな大きな、大きな絵に入り込んだような気分がした。 顔を少し右に向ければ、少しの距離を置いて、空の色を映し出し、更に濃くして輝く大きな大きな水溜り。 きらきらと輝くそれを固めたら、何よりも美しい宝石となりそうだった。 ごめんね、と謝って、後ろへと体重をかける。 どさ、そんな音と共に、ほんの少しの痛みと柔らかな衝撃が、身体に走る。 自然と視界を満たす、形を変えながら旅する綿たち、そして全てを包む、薄い青。 さっきまで見ていた風景も、今眼に映るこれも、言葉を多く知らない私にはそう上手く表現できない。 唯、美しい事だけは確かだ。 身体を、えいっと横へ向ける。 いきなり眼に映る色が変わる。 匂いも強くなる。 土と緑と花と風、その全ての姿と、音と、感触を感じ、ちょっと不思議な感じがする。 通り過ぎる影の涼しさを堪能しつつ、深呼吸をする。 今気付いたが、大地に耳を付けてみると、少し早めの自分の鼓動が聞こえてきた。 それと共に、何か不思議な、一定のリズムで鳴る音を見つけた。 ざっ、ざっ、ざっ、ざっ・・・ もしや、と思い、足を上げて、その反動で上半身を起こす。 首を動かして周りを見る、特に変化なし。 そこで腰をひねって右後ろ、そして左後ろを見た。 ・・・居た。 さっき聞こえた音は、やはり靴音。 あまり見たことのない藍染色の髪、同じ色の瞳。 後ろで縛った長い髪を軽く踊らせ、辺りを見回しながら何か鼻歌を歌っている。 なんとなく立ち上がり、背中とお尻の土を軽く払い落とす。 袋に入れた荷物を背負っているその人物は、どうやら旅人かなにからしかった。 「・・・」 私が無言で眺めていると、それに気付いたらしい旅人は少しだけ驚いて、その後ふ、と優しげな笑みを浮かべた。 「良かった、町の人に会えて。 君は、あの町の住人だね?」 そう問いかけてきた。 私は一瞬躊躇った後、頷きつつ素直に答えた。 「うん。そう。」 「ごめんね、急に声を掛けて。 驚かせて、しまったかな?」 これにも、素直に答える。 「ううん。」 相変わらず穏やかな笑みの彼・・・いや、彼女だろうか? まぁどちらでもいい、とにかく旅人は、私よりも背が高いのに、何故か同じ目線であると言うような感覚に襲われた。 しゃがんで私と目線の高さを合わせているわけではないのに。 私が何気なく観察していると、その旅人はまた口を開く。 「わたしの名前は星来(せいら)。見ての通り、旅人みたいなものだ。 えーと、あの、今、暇かい?」 考えた末の質問らしかったが、何故か私はくすりと笑ってしまった。 「ええ、暇。」 なんとなく、そう答える。 「良かった。あの、頼みがあるんだけど、いいかな?」 控えめに聞いてくる。 年上なのにそんな聞き方をするものだから、私はまた、くすくす笑ってしまった。 旅人はそれに苦笑し、頭に手をやっている。 「私にできることなら。」 私はなんとなくその人物・・・星来に興味が沸いて、頼みとやらを聞いてみることにした。 まぁ旅人の頼みと言えば、大方宿屋か、旅に必要なものを売る店に関してだろう、と私は踏んだ。 これは、本で読んだ物語の話だけれど。 「ありがとう。 できたら、この町で一番素敵な、いい風の吹くところを教えてくれないかな。」 聞いた瞬間、少しびっくりした。 何しろ私の読んだ物語の中に、こんな事を聞く旅人はひとりもいなかった。 ああ、一度だけ「リボンを貸してくれないか」なんて風変わりな事を言う登場人物なら読んだ事があるけれど。 「風・・・?」 「そう、風。 私は、風を探す旅人だから。」 「どんな風を、探すの?」 「色々な風さ。 あちこちの風たちと友達になったり、遊んでみたり。」 変な事を言うな、とは思ったけれど、なんだか楽しそうな旅ではある。 「わかった、考えてみるわ。 でもここの風も、素敵だと思わない?」 両手を広げて問う私を、星来は少し見開いた目で見る。 「なかなか、話のわかる素敵な人物に出会えたようだ。」 「そう?光栄ね。」 星来も、私と同じように両手を広げて、深呼吸をする。 そして、不意にくるっ、と回ったと思うと、不思議な舞を舞っていた。 最も私は舞なんてものを真剣に見たことがないから、それが由緒正しい舞なのか、それとも思うままに気分に乗せて身体を動かしているだけなのかは解らなかった。 唯、とても自然で、流れるような動きであった。 不意に、歌が聞こえてきた。 よく見て聞けばそれは星来が奏でていて、どこか知らない異国の言葉で歌っていたが、麗らかで爽やかで、流れるようなメロディーで、とても美しかった。 美しい風景に、美しい舞と歌。 私は、正に絵のような光景を眼にしていた。 歌が一区切りついたところで、星来は舞を止め、私の方を見た。 「とっても、綺麗だったわ・・・」 私の口から、思わずそんな言葉が漏れ出した。 「ありがとう。 風の、舞と言ってね。 私の故郷に伝わる、風と戯れる舞と歌なんだそうだ。」 「へぇ、いいなぁ、素敵な伝統。 ・・・さてと、町で一番素敵で、いい風が吹く場所、よね? いま、思いついたわ。」 にこっと笑ってそう言うと、星来は嬉しそうに笑い返してきた。 「さぁ、行きましょう、案内する。」 「ありがとう。」 相変わらずそこは香りに満ち、風が渡っていった。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
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